Diary 2011. 8
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8月11日 (木)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第222弾!  2011.8.11(木)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第222弾!  2011.8.11(木)   たかやん

教師を目指す人へのメッセージ30 出る杭になれ!
「出る杭は打たれる」という諺がある。昔から、ちょっと目立つといじめられる風潮が日本にはあったのだろう。最近の「いじめ」が、弱いものいじめではくえて、目立つ子いじめの傾向があるのも日本的と言えば日本的なのかも知れない。というか「イナカッペ」だよねえ。「いじめ」をする奴らははっきり言って「カッペ」丸出し。ダサいなんていう言葉じゃなくて、「かっぺ」。そう言えば、いじめる奴らは、みんな「かっぺ」丸出しの顔をしているもの・・・・(田舎に住んでいる人のことをいなかっぺと言っているのではないのだよ。貧相な人相のわるーい奴らのことをいっているのだよ)

いじめられている子供たち。そして大人も・・・いなカッペのせいで死ぬことはないのだよ。都会的センスを持っていると、どうしても僻(ひが)む奴らがいるのだよ。「人と違う」ってね。イナカッペほど周りと同じじゃあないと安心できないものなのさ。だからいじめれている子供たち。そんなカッペのために死ぬことはないのだ。みんな違って当たり前。そんなことを知らない奴らに自分の人生を左右させていい訳がないだろう?
徒党を組んで、一人を苛める奴らは弱虫もいいところなんだ。本当に強い奴は一人でいるものさ。だから、弱虫の奴らに人生を台無しにされるのは止めよう。苛めを容認する学校なんてたいしたところじゃあないんだから、行かないのも一つの手だ。頭を使って仕返しをしていくのだって、子供なら許される。いじめられるふりをするのも悪くない・・・・。要は自分が苦しくならない程度に、演技をしたっていいじゃないか・・・・。大事なことは「やられたこと」をメモしておくこと。そしてそれをある時期に公表するのだ。

あて先は学校と教育委員会と市長と警察とマスコミ。それで相手のいなかっぺは轟沈する。何も自殺をするなんて手紙を書くことはない。事実をそのまま記録して、その「犯罪」を伝えればいいのだ。いいかい?大事なのは事実を記録することだ。先生からいじめられている子供たちも同じだよ。授業を録音しておくのも手だよね。いじめている奴らは、急には態度を変えられないものなんだ。黙っていても、必ず尻尾は出すのさ。

学校でのいじめは犯罪なのだよ。子どもだから許されるものではないのだ。「因果応報」悪いことをした奴らには、それなりの「天罰」がくだるものなのだ。

だから子供たち、どうせなら「出る杭」になりなさい。そして自分の周りにそういう杭があったら、いじめないで応援しなさい。出る杭には魅力があるのだよ。自分の人生の友達に、出る杭をたくさんもつ。それが君たちの人生を豊にするのだ。どんなに自分にとっていい奴でも、でる杭をいじめる奴らは一生の友達にしてはいけないよ。そういう「悪い気」をもった奴らと一緒にいると、自分の「気」の質も落ちていくものなんだ。世の中には「いい気」を持った人間と「悪い気」を持った奴がいる。「いい気」を持つ先生や友達を探しなさい。君が「いい気」を持ってさえすれば、直ぐに見つかるからね。だから自分も「いい気」がもてる様に、いいことを沢山しなさい。人が嫌がることはしてはいけないよ。人が喜ぶことをするんだよ。着ているものや、親の職業で人を見てはいけないよ。あくまでもその人間の「気」の質で人を見るのだ。               たかやん
この文章は子ども達向けに書いたものだが、先生達にも通じると思う。今の学校で「出る杭」になるのは大変かも知れない。それでも子ども達の為に、「出る杭」になって欲しい。「出る杭先生」じゃなければ、子ども達の記憶には残らない。10年経っても、20年経っても子ども達の記憶に残る先生になって欲しい。そして、出来ることなら僕が河合先生に今でも影響を受けているように、子ども達の人生に影響を与えるような、そんな先生になって欲しい。そんな「出る杭先生」「出る杭校長」が沢山出てくることを僕は願っている。
* 出る杭は確かに辛いものがある。時には自分の考えがおかしいのかな・・・そう思うこともある。学校も議会もそういうところは同じである。でも・・・誰か味方がいてくれたら、それが誰であっても元気になるのである。出る杭の精神で物事にぶつかっていけるのである。そう、出る杭は一人きりのように見えて、実はたくさんの人達に支えられているのだ。支えられているから、出る杭になれた・・・そう言ってもいいだろう。一人会派の僕に、沢山の応援団がいるのと同じである。どうせ一度切りの人生・・・出る杭でありたいものである。

日韓戦
昨日の日韓戦は気持よかった。竹島問題とかでガタガタしているから余計そういう気分にもなるわねえ・・・でも、サッカーに関して言えば、ライバル韓国が強いからそういう気持になれる訳で・・・韓国を目の敵にしてはいけないのだ。新座市は朝鮮の新羅の人達が渡って作った村とも言われている。志木も新羅に通じるらしい・・・。そもそも日本人は間違いなく中国人と朝鮮人のDNAを持っているはずで・・・顔が似ていて当たり前なのである。そのことと、中国政府や韓国政府がやっていること・・・日本政府がやっていることは全然別のことな訳で・・・サッカーもまた別のことで、韓流ドラマもまた別で・・・僕はワールドカップ予選は、韓国も応援する積りである。昨夜は亮と二人で日韓戦に熱くなったのであった。

君が代
50年以上の人生で、君が代を歌ったことは殆どない。そんな僕だが、昨日の日韓戦の君が代には、いや、君が代の歌い方には流石にカチンときた。僕が頭にきたのだから、いつも歌っている人達はもっともっと頭にきたんじゃあないだろうか・・・。

ボクシング
サッカーの次はボクシング。井岡がまさかあんなに強いとは思っていなかった。井岡の目とサッカーの本田の目が似ているなあと思ったら・・・いい試合をしてくれた。それにしてもボクサーの動体視力は凄い・・・テニスプレイヤーも見習いたいものである。

今日の写真1
我が黒目川流域川作り懇談会が誇る、若さ溢れるメンバー達です。左から、純一、勝将、哲雄、直弘、祐晴・・・。いやあ、マジでいいメンバーです・・。まだまだ他にもいるのですから幸せです。

今日の写真2
今日でさよならする予定だった我が家の洗濯機です。「予定だった?」そう、新しい洗濯機が来たのですが・・・大きさが予想以上で、配置できず・・・別の機種に変更することになったのです。ですから、もう少し我が家で唸ってくれる予定です。

今日の写真3
我が家の庭の向こうに新しい家が建てられています。鳶のお兄さんが凄い技を披露してくれたので、カメラを向けました。高いところで部品を受け取る技術も凄いですが、下からピタっと止まるように投げる技術も凄い。空中にある金属の棒が見えますか?あれを次々と受け取って組み立てていくのです。もの凄く格好良い青年二人でした。

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8月12日 (金)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第223弾!  2011.8.12(金)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第223弾!  2011.8.12(金)   たかやん

教師を目指す人へのメッセージ31 校長の仕事
僕には校長の経験がない。校長どころか学年主任もないし、副担任もない。「担任」が命だったからである。33を過ぎた頃、当時の校長に「管理職試験を受けてみろ」と言われたのだが、断った。「担任ができて、授業がやれて、部活ができたらやってもいいですけど・・・その三つともできないんじゃあ、僕にはできません。」そう言って断った。それで後悔はしていないのだが、最近になってそういう道もあったかなと思うようになった。クラスを持てなくても授業に乱入することはできそうだし、部活を持てなくても子ども達と一緒に遊ぶことはできそうだ。校長の仕事は大きい。学校は子ども達と直接関われる担任が基本だが、その先生達を温かく見守る校長の存在がとても大きい。

校長経験のない僕だが、校長の仕事のことを話せる歳になってきた。校長の仕事ははっきりとしている。まず「学校の雰囲気を明るくすること」である。職場の空気を明るくするというのは、立派な仕事だ。あなたが将来校長になろうとしているなら、そのことに気づかなくてはいけない。「雰囲気を明るくすることは、校長の大きな仕事」である。校長試験や教頭試験は“管理職試験”と呼ばれているから、何かを「管理しなくては」と思うかも知れないが、そうではない。まずは職場の雰囲気を明るくすることに務めることだ。そのことに気付かないと、学校は荒れていく。
校長が明るい雰囲気を作ると、先生達の心が開放される。心が開放されると、いい仕事ができる。当たり前のことである。先生の仕事は子ども達と向き合わないとできない。それこそ、偉そうなことを言っているだけでは「仕事」とは言えないのだ。子ども達の目を見て、クラスや授業を明るいものにしながら、子ども達を育てていくには気持ちに“余裕”がないといけない。その余裕が「学校の明るい雰囲気」である。
最近は親からのクレームが多い。若い先生達がそのことで独りで悩み、鬱状態に・・・そして自殺。そういう学校には校長はいても「仕事」はしていない訳だ。仕事のできる校長なら「俺に任せろ!」「俺が話をする」「担任を君に決定したのは俺だ!」「こういう時の為に校長がいるんだ」「君は子ども達に集中しろ」「大丈夫だ、みんながついている」「何とかなるものだよ」先生達が悩んで、病気になったり死んでいくのは、こういう校長がいないからである。この間も近隣の学校で初めて担任をした若い先生が亡くなった。孤独を感じない限り、人は死を選ばない。仲間の温かさ、上司の力強さを信じているものは決して死ぬことはない。
校長の顔色を伺う先生が増えてきた。教育委員会の顔色を伺う校長も多い。そういう学校には「明るい雰囲気」はない。そういう雰囲気の学校で育つ子ども達は可哀そうである。
「人生の中でかけがえのない六年間」「人生の中のかけがえのない三年間」を明るい雰囲気を体中で心一杯に感じて育つ子どもたちと、不安で暗い雰囲気を感じながら育つ子どもたちとの差は大きい。
学校の雰囲気を暗くするのは「犯罪」に等しい。いつも人の粗を見つけては怒るような校長(先生)になってはいけない。恐い人に人間は従うが、それは好きで従っているのではない。嫌々従っているだけだ。人間は「好きな人」の言う事を聞くのである。「好きな人」の為になら自分を捨てても頑張るものなのだ。それはいつの世の中も変わらない。校長と先生達との関係も先生と生徒達との関係も同じである。
暗い雰囲気、恐い雰囲気を持つ人間を心から好きになる人はいない。「昇進」や「異動」をちらつかせる校長が先生達から信頼されることはないし、「成績」をちらつかせる教師が子ども達から信頼されることは決してない。みんな嫌々言うことに従っているだけだ。要するに「仕事量はゼロ」あるいは「マイナス」である。
人間は好きな人の為になら、力以上のことまでやり遂げるものだ。それこそ「教育は愛」なのだ。学校中を「愛」や「熱」で一杯にすること。それが校長の仕事である。まずは自分自身が笑顔でいること。笑顔で先生達のいいところをたくさん見つけてあげること。そして先生達があなたのことを好きになったら・・・駄目なところを直してあげればいい。
気になるところがたくさんあったら、一日も早く相手に好きになってもらうことだ。それが校長としてあなたが一番最初にする仕事である。
「駄目な教師が多い」とボヤいてはいけない。それはあなた自身が駄目な校長であるということを意味する。駄目な生徒がいないように、駄目な教師だってあなたがいれば何とかなるのだ。
あなたは子ども達から好かれることは得意なはずである。「甘やかす」だけじゃあ馬鹿にされるだけで好きにはなってくれないし、「恐い」だけでは、言うことは聞いても好きになってはくれない。どうしたら子ども達が自分を好きになるか・・・答えはあなたが知っている。そう「自分が子ども達を好きになればいい」のだ。校長だって同じだ。自分の学校の先生達をまず好きになること。嘗ての子ども達に注いだ愛情と同じものを先生達に注ぐこと。それができるから、あなたは今「校長」なのだ。
あなたが校長を目指すなら、次のことは覚えていて欲しい。「校歌」は一日で覚えて、大声で歌えるようにする。「先生達の名前」着任前に完全に覚える。「子ども達の名前」は、最初の一ヶ月で全員覚える。「自習」の時間があったら、お話をしに教室へ行く。常にお話のトレーニングだけは欠かさない。何故なら、校長の授業は「お話」しかないのだから・・・。つまらない話をして高い給料をもらってはいけない。あなたの話を聞いていない子ども達がいたら、それはあなたの話に魅力がないからだ。反省して「仕事」になるような話を勉強することだ。学校の掃除を率先してやることは勿論だが、何よりも明るい雰囲気を学校中にばら撒くこと。それには先生達(子ども達)の真の声に耳を傾けることである。先生達の本音を聞いて、先生達の力を出し切らせて学校を組織の力で運営していく、それが校長としてのあなたの仕事なのだ。

価値のあるものを生み出すこと、人の役に立つこと。それが「仕事」だ。価値のあるものを生み出してなければ、人の役に立ってなければ「仕事」をしていることにはならない。僕は先生にそう習った。人に生まれてきたからには、残りの人生でいい仕事がしたいものだ。そしてもう一つ・・・自分のことを「校長先生は・・」と一人称に「校長先生」を使う校長にはなって欲しくない。ちゃんとした日本語の一人称を使って欲しいものである。
テーブルの上とカウンターと流し
何日か前のNHKの番組で「テーブルの上とカウンターと流しは寝る前に何もおかないようにするといい」と、言っていた。なるほどなと思ったので、早速実行している。確かに朝起きた時に気持がいいのだ。マイナスからのスタートではなくて、0からのスタートになる訳で・・・寝る前には必ずその3つの場所を綺麗にしてから寝るようにしているのである。

朝練
今朝もピアノの朝練をした。やらなきゃいけないことはほかにも沢山あるのだが・・・継続は力なりを信じて、ピアノに向ったのである。不思議なことに・・ピアノは毎日、本当に少しずつだけと進歩している。空ほどじゃあないけれど、昨日の自分よりも上手くなっている自分が確かめられるのである。そして、1曲できるようになると、もう1曲・・・と、欲が出てくるのである。音楽は楽しい・・・実に楽しい。

気胸
昨日も今日も胸が痛い。どうも熱い空気を吸うと胸が痛くなるようである。体が去年の気胸を記憶しているのか、それとも気胸になる前兆なのかはわからない。困ったのは遠くに行けないことである。東北にも行く予定だったのに・・・気胸が怖くていけない。今度なったら間違いなく入院だから・・・家族の為にも、入院するのは近いところにしたいのである。節電などとは言ってられない・・・今日もエアコンの効いた部屋で安静にしていた空父であった。
今日の写真1
空がやっと「テニスがしたい!」と言ってくれて・・・安孝に教えてもらって大喜びの空です。安孝は我が家に居候していたので息子のようなものです。中二の途中から卒業するまでですから、1年半程家族だったでしょうか・・・中学生と本気で150試合もしたのですから、当時の僕も若かった訳で・・・亮とは何試合かやりましたが、空とは何試合できるのでしょう・・・あと5年は空にとって「強いお父さん」でいたいなあと思います。
今日の写真2
ボールが当たるようになってきました。どちらに似てもテニスのDNAは持っている訳で・・・抜かれるのは時間の問題でしょう。

今日の写真3
夏休みなので高校生達も勉強に来ています。二人とも五中の卒業生の娘で・・陸上部で毎日走っているスーパー女子高生です。一度一緒に走ってみたいのですが、きっと最初の1周目からついていけないような気がします。

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8月13日 (土)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第224弾!  2011.8.13(土)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第224弾!  2011.8.13(土)   たかやん

教師を目指す人へのメッセージ32 幸せのオーラ
先生をしていく上で一番大切なことの一つに「自分が幸せであること」がある。大人が「幸せなオーラ」を出していくことが子ども達を安心させるのだ。幸せなオーラを出せる大人は意外に少ないかも知れない。不幸を絵に描いてシャツを着ているような大人もうじゃうじゃいる世の中なのだ。そんな世の中に生きていく子ども達を僕らは「幸せのオーラ」で包んであげる必要がある。

思い出して欲しい。あなたが小さい頃、あなたが小学生の頃、あなたが中学生の頃、そして高校生の頃を。自分の未来に対する不安が誰でもあったはずだ。その不安をぬぐってくれたものは、周りにいる大人の「幸せのオーラ」ではなかったか・・・・それが父さんの笑顔だったり、母さんの笑顔だったりする子は幸せな子だ。でも、そうじゃあない子も世の中には沢山いる。子ども達は「大人の幸せのオーラ」を感じて不安を希望に変えていく。明るい未来が待っているんだ!と、大きな夢を持てるようになるのだ。

そういう意味で、先生達の「幸せのオーラ」の役割は大きい。教師という仕事を思い切り楽しんでいる大人。教師という仕事に毎日幸せを感じている大人が傍にいることは、子ども達にとって、本当に大きな意味を持つものなのだ。

できることなら、学校でも家庭でも「幸せのオーラ」を出して欲しい。昔、僕はそれができなくて子ども達に悲しい思いをさせてしまった。今は違う。仕事も家庭も、本当に楽しいのである。そりゃあ、肉体的にきついことは沢山ある。いや、精神的にきついことはもっとある。それでも、僕が幸せなことには変わりない。その「幸せのオーラ」は隠せない。僕の子ども達は、僕の「幸せのオーラ」を体中に(心いっっぱい)浴びながら育っていく。これ程嬉しいことはない。

先生。どうか幸せな先生になってください。どんな先生でもいいから、体中から「幸せのオーラ」を出せる、そんな先生になってください。お願いします。
*駅に立つようになって、特に人のオーラを感じられるようになった。いいオーラを出している人と、マイナスのオーラを出している人の差は大きい。学校にも市役所にも議会でもいろんなオーラを出す人がいて面白い。いいオーラを出す大人に育てられる子どもは幸せである。幸せな子どもを増やすには、大人が幸せにならないといけない。子ども達の為にも幸せなオーラを出そうではないか。幸せなオーラは自分が幸せだと感じれば出てくるのだから、特に必要なものはない。必要なのは幸せになる心構えだけである。

朝練と午後練
今日も空の朝練で一日が始まった。7時から8時20分までの朝練で空が泳いだ距離は2750m。そして午後練の1時間半で泳いだ3250mと合わせると・・何と6km。空が大きくなってこの日記を見たら・・・自分を誉めてあげなさい。空は凄い子なんだよ!!

朝練
フリー
板フリー
板股フリーで休憩
平泳ぎ片手バタフライandバタフライ
背伸びバックand片手バックandバック
平泳ぎ二回一回で休憩6回

バタ足平泳ぎand片手フリーandフリーで休憩

バタフライandフリー
バックandフリー
平泳ぎandフリー
フリーで11回で休憩

板バタフライ×2
背伸びバック×2
板平泳ぎ×2
板フリー×2で休憩19回

板バタフライ
30.49 34.17 35.15 1.39.81

板バック
33.90 37.20 36.32. 1.47.32

板平泳ぎ31.69
36.57. 36.00 1.44.25

板フリー
22.05 26.58 25.52. 1.14.19
で休憩
クールダウン

平泳ぎバタフライand片手バタフライandバタフライ
片手バタフライandバタフライ

背伸びバックand片手バック
片手バックandバック

平泳ぎ二回一回
平泳ぎフリーand片手フリー
片手フリーandフリー

バタフライandフリー
バックandフリー
平泳ぎandフリー

バタフライandフリー
バックandフリー
平泳ぎandフリー

バタフライandフリー
バックandフリー
平泳ぎandフリー

バタフライ
バック
平泳ぎ
フリー
×3

で55回で2750m

午後練
フリー
板フリー
板股フリーで休憩
平泳ぎ片手バタフライandバタフライ
背伸びバックand片手バックandバック
平泳ぎ二回一回で休憩

バタ足平泳ぎand片手フリーandフリーで休憩

背伸びバックand片手バックandバック
バック
平泳ぎandフリー
平泳ぎandフリー

板バタフライ
板バック
板平泳ぎ
板フリー
×3
板バックお休み1
板フリーお休み1

板バタフライ29.61 1.01.90
背伸びバック31.62 1.04.56
板平泳ぎ 31.87 1.05.50
板フリー 25.00 48.10
クールダウンで休憩

平泳ぎバタフライ
片手バタフライ
バタフライ
背伸びバック
片手バック
バック
平泳ぎ二回
平泳ぎ一回
平泳ぎ一回
バタ足平泳ぎ
片手フリー
フリーで休憩

バタフライandフリー
バックandフリー
平泳ぎandフリー

バタフライ28.39andフリー30.97
バックandフリー
平泳ぎandフリー35.0128.75で休憩

バタフライダッシュandスロー25
バックダッシュandスロー25
平泳ぎダッシュandスロー25
フリーダッシュandスロー25で休憩

バタフライ27.67 30.65  58.33
バック26.11.    51.92
平泳ぎ30.49 31.54  1.02.03
フリー23.32 24.63  47.63

バタフライ 27.17 31.52  58.69
バック 27.41 25.74  53.74
平泳ぎ 30.23 31.33  1.01.56
フリー 23.70 25.65  49.35

バタフライ 28.04 30.92  58.96
バック 27.98 25.85  53.83
平泳ぎ 31.10 32.58  1.0368
フリー 22.84 24.72  47.56

バタフライダッシュandスロー25
バックダッシュandスロー
平泳ぎダッシュandスロー
フリーダッシュandスロー
バックandフリーでクールダウン
×2で65回で3250m

うどん
久しぶりに自分のうどんを食べてみたくなって、うどんを打ってみた。地粉を適当に入れて、塩も水も適当に入れて、かなり適当に混ぜて、適当に踏んで・・・適当に寝かせて・・適当に伸ばして、適当に切ったのだが・・・やはり、かなり美味かった。うふふふふ。

ピアノ
今朝も練習したし、今からも真夜中練習する。段々指が動くようになってきたのが嬉しい。楽譜も少しずつ思い出してきた。音楽はいい・・・。ギターもどこかで少しは弾かないとなあ・・・。月曜日の塾で音楽やるか・・・だはははは。

今日の写真1
昔は我が家の居候。そしてついこの間の3月までは塾に居候していた東です。ひとみが1年生の時に隣に座っていたというから縁があります。東のお父さんが塾の看板を作ってくれました。本当にありがたい縁です。

今日の写真2
どこかで載せましたかねえ・・・。我が家の男達です。僕と亮は29歳差の父子。亮と空は21歳差の兄弟・・・亮は父さんに会ったこともないのに、よく似ているところが沢山あります。空はよく僕と同じ格好で寝ているそうです。DNAという奴ですかねえ・・・。

今日の写真3
文夫と話しているのは僕ではありません。イグンダです。この子達の担任だったイグンダ先生です。奥にいるのはいづみちゃんと薫ちゃんかな・・・。今年も1組と4組のクラス会がそろそろありそうです。楽しみだなあ・・・・。

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8月14日 (日)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第225弾!  2011.8.14(日)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第225弾!  2011.8.14(日)   たかやん

教師を目指す人へのメッセージ33  「上を見ないで、下を見る」
大学を卒業して、教師になったばかりの頃は「教育は愛だ」という言葉を信じ、授業に燃え、子供たちの毎日の変化に喜びを感じ、学級通信を書き、先輩の授業に感心し、この職業を選んだことを誇りに思っていた・・・・そんな先生が多いのではないだろうか。
それがいつの頃からか、管理職試験に興味を持つようになり、担任を持つことよりも学年主任になることの方が大事になり、校長の顔色を伺うようになり・・・・市教委にも気に入られようと気を使い・・・管理職の道を進んでいく。下を見ないで、上を見るようになる・・・そういう先生もまた少なくはないのではないだろうか。
自分は評価されず、子どもたちへの情熱も失い、それでも生活のために教師だけは続けないと・・・そう思っている人もたくさんいるかも知れない。
優秀な管理職は下を見ることを忘れない。教職員の声や表情の変化に敏感で、悩んでいる先生には手を差し伸べ、やる気のない先生には活を入れ、そして授業を見てはよくなった点を誉めてあげる・・・・勿論、子供たちの名前は覚え、隙があれば子供たちと一緒に汗を流し、授業にも行き、そして一緒に仕事をする。それは優秀な担任だった人の特質なのだ。
トップが優秀な人間であれば、下を見るタイプの先生は自然に上に上がっていく・・・・。いや、そうでなければならない。そういう仕組みができていないところは大変だ。優秀な先生が管理職試験に落ち続け、そうでない先生が受かっていく・・・若い先生達はそれを見て、やる気をなくしていく・・・・。それでは教育現場に活気がなくなって当たり前。
本物は上を見ないで下を見るものなのだ。教師になった時の自分を忘れない。それが本物。自分の中で大事なものは子どもたちだったはずだ。自分の昇進などではない。教頭になったって、校長になったって、本物の教育者にとって一番大切なものは自分の「地位」や「名誉」ではなく「子どもたち」や「先生」であるはず。
荒れない学校には下を見る目が多い。学校全体が上を見ないで、下を見る。そんな学校の子どもたちは、安心して勉強に部活動に燃えられるものなのだ。「先生」「先生」と呼ばれて、まるで自分が偉い人間になったように錯覚する時期はあるものだが、錯覚したままの人間が本当に学校や教育委員会でトップになっていくと下の人間達は大変である。
時々鏡で自分の顔を見ることだ。先生になったばかりの自分の笑顔と同じ目が輝いていれば本物。皴は増えても、いい人相になっていれば大丈夫。子どもたちが見て、安心するような笑顔があれば大丈夫。結局どんな人の人生もみな人相にでるのである。
子どもから愛される先生になりたい・・・大学を卒業したての頃、みんなそう思ったはずだ。子どもから愛されるのは簡単だ。子どもを愛すればいい。何があっても見放すことなく、子どもたちを愛すればいい。「卒業しても、何があっても君たちは僕の生徒で僕は君達の味方だよ。」そう言える先生であって欲しい。そう、“教育は愛”なのだから・・・・。

終戦記念日
8月6日が終わり、9日も過ぎ・・明日はもう15日。あの戦争が終わって66年というのだから驚く。今の子ども達が「え?アメリカと日本が戦争していたの?」というくらい、大昔のことになってしまったようだ。でも、忘れてはいけないのだ。あの戦争を・・・そして、戦争そのものを決して忘れてはいけないのである。僕らは反戦歌を聴いて、歌って大きくなった。小さい頃は父さんの戦友達の軍歌も沢山聞いたし、歌いもした・・・。そんな僕らには戦争の悲惨さを愚かさを、子ども達にちゃんと伝えていく義務がある。若くして戦死した登おじさんのように、二度と帰ってくることができなかった、沢山の若者達の為にも伝えていく義務がある。そして、子ども達はそれを聞く権利があるのだ。

東北支援
チームとしては継続的に支援しているが、なかなか動けない自分がいる。そんな時、六中の赤ジャージの教え子から「宮城に行って海岸の清掃ボランティアに参加してきまーす!」という元気のいいメールを貰った。
実は、今日の夜から宮城に行って土日は松島海岸の清掃ボランティアをすることにしました。一人旅ですね。
そもそも役に立てるかどうかも不安なのですが、継続的な支援をしようと思っています。
お金を出すと言ってもそんなには無理だから、身体を動かそうかと。
交通費自腹だから、その分を支援に回すとか色々考えたのですが、行ってみなきゃ分からないことも多いだろうから。
帰ってきたらその時の話もさせてください。
毎日暑いので、ご家族の皆様も気をつけてくださいね。
* 体を動かす・・・何と心地のいい響きだろう。教え子の中にこういう女の子がいることが誇らしい。そう行ってみなきゃ何もわからないのだ。自分の目で見ないと・・・・。東北は広い・・どこかに絞って継続的に支援することが大事なんだと思う。次に自分自身が行けるのはいつになるのかな・・・・早く体を治さないと・・・

腹筋
お風呂の中で空の背中を見ると、逆三角形になっている。「ちょっと前向いてみて・・」とお腹を見ると・・・腹筋が割れている・・・「空、お父さんの体とチェンジしない?」と言うと、「お父さんもダイエットすればいいじゃない」と簡単に言う空。そりゃあまあそうなのだけれどね・・・「お父さんだって、毎日何キロも泳げたら・・そうなるさ・・・」でも、何キロも泳ぐ前にあの世かも・・・。この間は250mしか泳げなかったのだから・・・。
長生き
「ねえ、お父さん、あまり危険なことしないでね」「え?」「長生きして欲しいから、危ないことしないでね」「おう・・・」そりゃあ、普通・・・父親から息子への言葉じゃないの・・・そうも思ったが、我が家の空は慎重派なので、正反対の僕のことを心配してくれたらしい。人生は短い。長生きも大事だが、息子たちに恥ずかしくない生き方をしたいものである。

今日の写真1
僕の大好きな猛おじちゃんと怜子おばちゃんです。叔父ちゃんは金沢大学を卒業して、東京に出てきて、ずっと僕らと一緒に暮らしていました。僕は父さんよりも叔父ちゃんと遊んだ時間の方が長いかも知れません。僕は寝る前に聞くおじちゃんの御伽噺が大好きで・・・おじちゃんの声が大好きでした。怜子おばちゃんはずっと小学校の先生でした。いくつになっても富山の氷見弁を喋る、優しいおばちゃんです。暫く二人に会っていません。電話では話しているのですが・・・・。写真の掲載は無断です。きっと許してくれるでしょう・・・。(載せるがなら、もっといい写真があったがやっちゃ・・だらめ・・)と怒られるかも知れません。ふふふふふ。

今日の写真2
黒目川に咲く、ムラサキツメクサです。五中や六中で僕の理科の授業を受けた子達は記憶があるかも知れませんね。シロツメクサとムラサキツメクサ・・・ちょっと可愛い花ですよね。まあ、理科の授業で黒目川を走り回る君たちも可愛かったですが・・・。

今日の写真3
先月の河掃除風景です。来月は4日にするか11日にするか・・・それとも3日や10日の土曜日にするか・・・ちょっとみんなと相談ですね。これを読んでいる掃除部隊の諸君。何日が一番都合がいいですか?

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8月15日 (月)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第226弾!  2011.8.15(月)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第226弾!  2011.8.15(月)   たかやん

終戦記念日 今日の塾日記から・・
今日は終戦記念日です。この間の授業で太平洋戦争の話をしたら「え?日本とアメリカが戦争していたの?」と6年生が言ったのでビックリしました。もう66年も前の話だから当たり前と言えば当たり前かも知れないし、少なくとも君たちが悪い訳じゃあなさそうです。それをちゃんと伝えてこなかった大人が悪いのですね。僕の父さんは陸軍の機関銃部隊の小隊長(少尉)としてビルマ戦線で戦ってきましたし、叔父さんは18歳の若さでフィリピンのルソン島で戦死しています。僕達の代は徴兵されることもなく、戦争に行く不安もなく生きてきましたが、それを今の子ども達にも、未来の子ども達にも繋げていかなければいけないと思っています。

230万人
太平洋戦争の死者数は230万人。その内、民間人が80万人といわれています。僕の父さんが行ったビルマでも13万7000人の日本人が亡くなりました。マラリヤにやられ、雨季には道路が川になる・・・そんな中で体力の無い人は体温を奪われ、どんどん死んでいったのだそうです。広島ではあの原爆で今日までに25万人以上が亡くなったとされていますし、長崎では14万人以上の方達が亡くなったとされています。3月10日の東京大空襲では1日で8万人以上が焼かれ、沖縄戦では20万人以上が亡くなっています。新座市の人口が15万人と考えると・・その悲惨さがわかりますね。だから、何としても戦争はやってはいけないのです。自分が行かなくても、誰かの息子や娘や親、兄弟、家族が誰かを殺し、誰かに殺されていく・・・それが戦争なのですから。

守るということ
スポーツも国と国が戦うことに於いては同じです。でも、死人がでることはあまりありません。国中が大いに盛り上がり・・・勝者も敗者も称えられる・・・それがスポーツのいいところです。音楽や勉強も同じです。力の限り、技術の限り戦って・・・爽やかに終わる。そして友達が増えていく・・・君たちにもそういう戦いをして欲しいものです。今、世界のいろんなところに紛争があり、戦闘状態が続いています。僕らの上の世代が僕らを戦争に行かせなかったように、僕らも君達の世代を戦争から守らなくてはいけません。そして、君たちもまた、君達の次の世代を戦争から守らなくてはいけない。僕はそう思っています。今日は終戦記念日・・あの戦争のことを考える日です。    たかやん

教師を目指す人へのメッセージ34  教師の物差し
決まりを守ることは大事なことである。だから世の中には法律があり、交通ルールがある。特に学校では「決まりを守れ!」という指導は当たり前である。でも、僕は学校の物差し、教師の物差しに疑問を感じることが多い。

では、ここで若い彼方達に質問してみよう。

4月のある日。ある生徒が学校帰りに買い食いをした。勿論、校則違反である。同じ日に、別の生徒が万引きをしたとお店から通報があった。彼方たちはこの生徒達にどういう物差し(メジャー)を持って指導するだろう。どっちの親を学校に呼ぶ?それとも家庭訪問する?どっちの子も同じように悪いと思う?思わない?

5月のある日。ある子がトイレのドアを蹴破った。同じ日にある生徒が弱い生徒を苛めて泣かした。さあ、彼方たちはどっちの生徒を強く指導するだろう。器物破損の子か、それとも弱いもの苛めをした子か・・

6月のある日、自転車通学を許されていない生徒が、中学校に自転車で登校してきた。同じ日に、別の生徒がバイクを盗んで学校の周りを走り回った。この子達の指導はどういう物差しでするだろう・・。警察に通報する?それともしない?

7月のある日、休み時間にハイチューというお菓子を食べた子達がいた。同じ日の授業中にガムを噛んでいる子がいた。彼方には同じ態度で接する?それとも別?・・・どうだろう。次の日の休み時間に学校のトイレで煙草を吸った子が居た。ハイチューとガムと煙草・・・どの子にも同じ指導をするか、それとも違う指導をするのか・・・彼方ならどうする?

8月の夏休みのある日、母子家庭の子が高校生と偽って、引越しのアルバイトをしていたことを友達から聞いた。同じ日に、お金持ちの子が友達を連れて人気グループのコンサートに行って帰宅が10時を過ぎてしまい、友達の家で勉強していると思っていた親から、彼方に電話があった。さあ、どうする・・・

9月のある日、強い子が弱い子を殴った。よくある話である。同じ日に、先生を殴った子がいた。これも最近では珍しくないか・・・。そして、生徒を殴った先生がいた。最近ではこっちの方が珍しいかもしれない。さあ、あなたならどうする。どれが一番悪い・・みんな同じか?警察に通報するかしないか・・・。

10月のある日、休み時間に携帯電話でメールしている子を発見した。同じ日の授業中に、別の子の携帯の着メロが鳴った・・。この子達には同じレベルの指導をする?それともしない?携帯は取り上げる?それとも取り上げない。部活動を停止にする、それともしない。さあどうする・・。

11月のある日、スカートの丈が普通より短い子が登校してきた。同じ日にスカートの丈が普通より長い子が登校してきた。彼方ならどういう指導をする?家に帰すか・・・それとも学校で話をするか・・・普通に授業を受けさせるか・・・
同じ日に遅刻をして、授業に遅れてきた子がいた。そして、ある子は学校の決まりの時間よりも早く学校に来て、掃除をしたり部活動の練習をしたりしていた。時間の決まりを守るのは同じだから、両方同じように怒る?それとも違う接し方をする?・・・。

12月のある日、髪の毛を金髪に染めてきた子がいた。同じ日に水泳の練習で茶色くなった髪を黒く染めてきた子がいた。彼方なら、どういう指導をする。同じか・・それとも違うか・・・親を呼ぶか、呼ばないか・・・それとも・・・

1月のある日、授業中に騒いだ生徒がいた。同じ授業で寝ている子がいた。あなたならどうする。同じように怒るか・・・それとも別か・・・

2月のある日、制服のまま掃除をする子がいた。同じ日にジャージに着替えて掃除をサボる子がいた。掃除の時間はジャージに着替えることになっている。彼方ならどうする。どういう物差しで判断する?

3月のある日、ある子に対して、その子の心を傷つける言葉を発した教師がいた。その仕返しに、その子はその先生の車に傷をつけた。さあ、彼方ならどういう物差しでこの問題を解決する?子どもの心を傷つける教師と教師の車を傷つける生徒・・・どっちが悪い?どういう物差しで判断する?

*教師になるということは、物差しを持つということである。歪んだ物差しでは正しい判断はできないだろうし、固い物差しは大事だが、みんなが固すぎて全く同じ物差しだと・・・子どもたちの心は傷ついていく・・・。社会は色んな物差しで溢れている。いろんな色があり、いろんな硬さと形がある。彼方たちはどんな物差しで子ども達と接するのだろう。生徒指導だけではない。教科の評価もまた彼方の「物差し」によって決まるのである。それによって、子ども達の人生にも大きな影響を与えるものなのである。

今日の写真1
左から元、浩一、大力、僕、みどり・・六中の赤ジャージの子達と函館山に登った時の写真です。試合と修学旅行が重なって・・・この子達を連れて、北海道旅行に行きました。ずっと一人で車を運転して・・・青森は遠かったあ・・・。

今日の写真2
六中テニス部の緑ジャージのキャプテン、大介とのツーショットです。この時はもう3年生で・・・本当に心が通じている・・そんな感じが伝わってくる写真です。勿論、今でもちゃんと繋がっていますよ。

今日の写真3
左は六中緑ジャージのつぐみ。右は五中4期生のナス。何とナスはつぐみの高校時代の先生なんです。不思議だと思いませんか?五中の卒業生が六中の卒業生の先生になったのです。ナス(あだ名ですよ)が照れて真面目な顔をしているのが笑えます。一応、先生という顔をしなきゃと思ったんでしょうねえ。

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8月16日 (火)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第227弾!  2011.8.16(火)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第227弾!  2011.8.16(火)   たかやん

五中10期生からのメール

川遊び最高でした!!どうもありがとうございました!
誘った友人もこれだけ楽しめて0円??と驚きでした。

たかやん。
再会出来て本当に良かった。
25年振り?最初顔見た時、泣いちゃうかと思ったよ。
亮ブーの人生もドラマだね。これからも頑張ってほしいな。
私も25年いろんなドラマがあったよ。
そして今、石神に家を建てて、主人と子供との日々。「幸せだなあ」って感じています。

いろんな出会いがあって、新座が原点で、両親にも、とても感謝しています。
そしてたかやんにも、とてもとても感謝しています!!

地域活動、いいよね!頑張ってください!応援しています!

シール、持ってきてください!!
是非とも 張らせて頂きます! 
私にできること、あるかな?あるといいな。

「一生懸命」日記、良いですね。
共感ばかりです。
我が子が大きくなった時、たかやんのような教師に出会ってほしいなあ。
 
貴美加

* ごめんね、貴美加。実名で・・しかも無断でメールを掲載しちゃったよ。それ程嬉しかったんだ、貴美加からのメール。川で会った時に、「あたし悪いことばかりしてた」って言ってたけど・・・本当に何も覚えていない。いい子だったことしか覚えていないんだ。きっと中学時代の悪いこと・・なんて、本当はどうでもいいことが多いんだと思う。だから、全然覚えていないんじゃないかな・・・。まあ、そういう僕も、君たちを引っ叩いたことは忘れてしまっているけどね・・・。貴美加・・・ありがとうね。いつの日か、貴美加の子にも教えることができたら・・素敵だね。学校で先生は選べないけれど、僕のことは選べるからね・・・ふふふ。今度シール持っていくね!たかやん

『一生懸命』幻の学級通信第230弾!3の4 1994.3.16  から

最後に一言
4組になって良かった。楽しかった。できればあと1年いたかった。明日が卒業式だと思えない。(亮太)
あの合格の時のお前の嬉しそうな声を俺は忘れない。頑張れよ!亮太。

今までお世話になりました。(剛)
本当に色々あったよね。殴ったし、坊主にしたし・・・あの時の涙が忘れられないな。テニスコートの誓いもね。栃木のチャンピョンになるんだぞ。

どうもありがとうございました。(哲也)
お風呂の中で祈ったかいがあったよ。あと3年で早稲田には借りを返そうな。

中学3年の中でこの1年が一番楽しかった。PS今度オレ様がテニスで勝負してやる。修行しておきなさい。(うそです。ゴメンナサイ) (圭介)

テニスねえ・・・100万年早いなあ。俺も楽しかったよ。ありがとう。

今はたかやんのクラスで本当によかったと思っている。(智広)
ヤマジか・・体育館のドアをけり倒したのには参ったなあ。兎に角、馬鹿力なんだから。人も自分も怪我しないようにな。

一生、4組のクラスで生きていきたい。(健太郎)
ははははは。いいけどさ。担任、代わってくれよな。それよりお前達の坊主頭が早く見たいねえ。恒志も坊主だろう。4月になったら3人で記念写真撮らないか?

「知恵ZOU」very good なニックネームをthank you! (千恵)
うーん、実に似合うんだなあ、これが。ずっとそうやって呼ぶからね。外で会うのが楽しみ、楽しみ。

一生懸命
昔の学級通信をこうやって日記で復活させる・・・・。なかなか面白いかも知れない。今日の一生懸命に1994年の僕が見えてくる。今から17年前・・・そう40歳の僕がそこにはいるのだ。

今日の写真
今日の主人公達が15歳の時の写真です。この中にはスカートが嫌いで、ずっとお兄ちゃんのズボンで登校した女の子もいます。担任の僕は何も言わなかったですねえ。立派な六中の制服でしたから・・・。彼女は今、立派な婦人警官になっています。中学時代にちょっと周りと違ったって・・・全然平気。彼女達がそれを証明しています。

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8月17日 (水)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第228弾!  2011.8.17(水)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第228弾!  2011.8.17(水)   たかやん

夏休み
今日から3日間は僕の夏休み。教え子達の家族とテニスの仲間と妙高の友達の家に遊びに来ている。胸の痛みが少し心配だが、家族みんなが一緒だし、友達もいるので安心だ。

涼しい・・
妙高は涼しい。長袖が必要なくらい涼しい・・。今朝7時に家を出た時はベトベトしていた空気が、こっちではサラサラ・・・そんな感じである。

合宿
妙高町のテニスコートはオムニである。綺麗なオムニ4面に綺麗な芝の大きな公園。大人は勿論テニスに燃えた。子ども達はオニヤンマを追い掛け回し・・・一輪車に乗って・・キックボードで遊び、テニスもやって大満足。丸々3時間、僕らは遊びに遊んだのであった。

買い物
いつものナルスというスーパーで17000円程の買い物をして、僕らは秀ちゃんの家に戻った。ダッシュでシャワーを浴びて・・早速冷えたビールで乾杯をして・・・僕は厨房に向う。

料理人
ここでの僕の仕事は料理人。数年前から、「女性は厨房に入らない」「男が料理も片付けもするから、女性たちはゆっくりしていて」という変なルールができて・・・僕は料理長になったのだ。今日の夕飯は13人前とあって、ここに来る前から僕の頭の中は料理のことで一杯だった。とりあえず、今日のメニューのカレー作りに取り掛かる。ブロッコリーとトマトにレタスのサラダ。それに人参と蓮根とブロッコリーの芯を使ったキンピラを作る。それに冷奴を出して今日の夕飯作りは終了。みんなと飲みの世界に突入した。

メンバー
この家の持ち主の秀ちゃんは有名な作曲家と音大でピアノを教えていたピアニストの一人息子で元聖ドミニコ学園の社会科の先生。上智大テニス部出身。テニスの関東大会で何度か戦って・・・友達になった。西村先生は立教中テニス部の鬼顧問で、東京教育大学テニス部出身。教養ある体育教師で、僕に色々なことを教えてくれた恩人。もう72歳になるが、兎に角よく走る。イトチンは広尾中学の現役の体育教師であの福島大卒。専門は陸上だが、一時テニスに燃えたことがあって、僕が五中に居た頃からの付き合いで・・・イトチンが小笠原へ行ったときには、僕とひとみで母島まで遊びに行ったりもした。学校を辞めた直後だったのだが、その母島中学校で授業をやらせてもらったっけ・・・。原田家・・家族ぐるみでの付き合い。飲み会になると笑いっぱなしである。そして野口家・・・3年間担任し、テニス部だったこころの家族なので、子どもたち人もまるで孫のようで・・・子ども6人、大人7人、合計13人の合宿がここ妙高で始まったのだった。

今日の写真1
こころの家の前で荷物を車に積み込んでいるところです。こころは荷物を積み込むことに関しては天才的で・・・入り切らないだろうなあ・・・と思うような量の荷物でも綺麗に積んでしまいます。この荷物が入らないと車が3台になったので、本当に助かりました。

今日の写真2
こころの3男のハクとカズです。カズは大男で専門はサッカー。今でも現役で戦っているのだから凄いですね。

今日の写真3
一輪車に乗るこころです。運動神経の塊のような女の子でしたが・・・まさか一輪車まで乗るとは・・・ビックリしました。

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8月18日 (木)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第229弾!  2011.8.18(木)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第229弾!  2011.8.18(木)   たかやん

5時20分
料理長の朝は早い。5時20分にはもう厨房に入っていたのだ。メニューはご飯にとろろ汁、納豆(オクラ、葱、そのままの3種類)、焼き鮭、海苔、モロヘイヤの胡麻和え、オムレツ、キンピラ、エノキと油揚げの味噌汁、チリメンジャコに大根おろし、モロヘイヤの和え物、これにヨーグルトというのが僕が作った朝ごはんである。

テニス
今日も午前中はテニスに燃えた。思い切り打つのは怖いので力を抜いていたら・・・ひとみ、こころチームに負けてしまった。

マナー
隣のコートで中学生達がソフトテニスの練習をしていた。時々練習ボールが僕らのこートに入ってくる・・・それはいいのだが、プレイ中に、先生がコートの後ろを平気で通るのには閉口した。何度かお願いして、やっとわかって貰えたようだが・・・どうもテニスの
マナーを知らないらしい。先生が知らないと生徒にはわからない話で・・・指導者の存在は大きいなあ・・そう思った。

うどん
昼ごはんは肉うどんとカレーうどんを作った。うどんとサラダという簡単な昼ごはんだが、13人前となると・・・結構時間がかかり・・・食べ終わると3時を過ぎていたのだった。

プール
それから子どもたちのいる家族だけで上越まで行った。片道50分のプールに行ったのである。そこは大人400円、子ども200円で何時間でも遊べるのだから凄い。30m×60mのプールは貸切状態で・・・ウォータースライダーのあるプールでも遊んで大満足の子どもたち。一方で大人達は必死になって泳ぐ練習をしたのだが・・・こころ以外は子どもたちと競争することすら出来ず・・・自分達の限界を感じたのであった。

チャーハン
夕飯はチャーハン。電気釜を2個並べてご飯を炊いた。妙高は実に涼しく・・・子ども達は長袖を着ていた。そう、秀ちゃんの家にはエアコンというものがない。どんなに暑い夏でもその必要がないからである。冬のスキーシーズンにはストーブが出るが・・・夏は自然のエアコンがあるという訳だ。

今日の写真1
朝食の用意が出来たのは7時過ぎ。イトチンが大根おろしをすってくれています。大きなテーブルなのですが、13人一度に食べるのはちょっと大変で・・2回に分けて食べることが多かったですね。勿論、「孫は優しい子」朝ご飯でした。ま・・納豆、味噌汁。ご・・キンピラ。や・・・オクラ、モロヘイヤ、トマト、レタス、ブロッコリー。さ・・鮭、チリメンジャコ。し・・エノキ。い・・山芋。こ・・キムチ。この朝ごはんも大好評でした。

今日の写真2
一輪車に乗れるようになった空です。なかなか乗れなかったのですが、道路の真ん中を走れるようになりました。「毎日の法則」なんですねえ・・・。小さい頃から何でもできた僕ですが・・・この一輪車は乗る機会もなく、乗れる気もしません。空にはどんどん抜かれていく感じです。

今日の写真3
今回の「テニス合宿」のメンバー全員です。今日も天気に恵まれました。時々雨は降るのですが、テニスをやっている間は不思議と降りません。風もなく、暑くもないので気持ちよくテニスができました。30代から70代までの男女と10歳以下の子どもたちが一緒に楽しめるのですから、テニスは面白いです。

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8月19日 (金)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第230弾!  2011.8.19(金)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第230弾!  2011.8.19(金)   たかやん

3時
雨の音が凄い。集中豪雨という感じである。その中を原田家が埼玉に帰っていった。さきの朝練の為に帰ったのである。空と同じ選手コースにいるのだが、4年生なだけあった気合が入っているのだ。空はスヤスヤ眠っている。さきは眠いのを我慢して起きて行った。きっといい記録を出すだろう・・・カズ、気をつけて走るんだよ!!


朝ごはんが終わり、8時を過ぎても雨は降り続けている。「どうする?」「どうしようかあ」「プール行く?」「嫌だ!」先頭切って空が言う。流石の晴れ男もこの天気じゃあねえ・・・。そう思ったのだが、「行くだけ、行ってみよう!」と僕。「駄目ならそれから考えよう」と、かなりいい加減な予定を組んだ僕達。ところが、テニスコートに付く頃になると・・・雨はやんで、僕らは今日もまた3時間、テニスを楽しんだのであった。

タイブレイク
中でも面白かったのは西村先生・空父対こころ・ひとみという対決で・・・隣でテニスをしていた人達が30分くらい見学する程走り回った僕達4人。結局タイブレイクで若い二人が勝ち、72歳と57歳のおっさんは肩を落としたのであった。

17時
みんなでシャワーに入り、昼ごはんを食べて・・・秀ちゃんとさよならしたのが17時過ぎ。楽しい、楽しい妙高での3日間がこうして終わった。僕はハンドルを握りながら、西村先生と「教育論」を語り続けたのであった。

20時半
慎重に運転して、無事新座に戻ったのは20時過ぎ。我が家で西村先生とイトチン、そして僕らの荷物を下ろし、二人は西村先生のワーゲンに乗り換えた。僕はこころの家に行って、僕のボロボロのカルディナに乗って戻って来たのだった。全員無事で帰ってこれてめでたし、めでたし。僕の今年の夏休みはこれでお終い。

今日の写真1
子ども達とテニスをしていると楽しい・・・実に楽しいものです。五中、六中の部活のように怒ることはまずありません。誉めてばっかりです・・・。近い将来、この子達と対等に戦える日が来るような気がしています。

今日の写真2
秀ちゃんの家のお風呂から見える風景です。大自然の中のお風呂なので・・・時々熊が出没します。露天風呂に入っているような気持になります。

今日の写真3
右から高田(秀ちゃん)・西村・伊藤(いとちん)嘗て、僕と一緒に関東中学や全国中学をリードしていたメンバーです。男子は打倒立教(西村先生)でしたし、女子は関東中学や全国中学で何度もドミニコ学園と戦いました。いいライバルであり、そしていい仲間だったのです。このメンバーが元気でテニスができて、スキーが出来る(3人とも僕よりはるかに上手です。)間はこうして合宿は続いていくのでしょう。2泊3日で運転手付、食事付で家族みんなで1万円ちょっと・・・なかなかいい合宿です。「今度は空にスキー教えるぞ!」と秀ちゃん。(秀ちゃんは指導員の資格があります)スキーも空に抜かされそうです・・とほほ。

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8月20日 (土)  『一生懸命』幻のたかやん日記  第231弾!  2011.8.20(土)   たかやん

『一生懸命』幻のたかやん日記  第231弾!  2011.8.20(土)   たかやん

ありがとう!
「日記が3日もないよ」「体が心配です」「何かありましたか?」沢山の教え子達からメールが来た。みんな、心配してくれてありがとう。予告がないと心配だよね。本当にごめん。もう分かっていると思うけれど、夏休みだったのです。家族みんな元気に戻ってきました。気胸の再発もなく、無事に帰って来たから安心してね!たかやん

キム・タック
韓国ドラマが楽しいのは、愛がそこいらじゅうに転がっているからのような気がする。仕事に対する愛・家族へ対する愛(父への愛、母への愛、息子への、娘への愛、夫への妻への愛、祖父母への愛)恋人への愛、そして友人への愛・・・そして師弟愛。どれをとっても真似をしたくなるくらいの愛がゴロゴロしていて、それが気持いいと思う人がはまっていくのではないだろうか。勿論、そんな愛は嘘だとか、必要ないと感じる人もいるだろう。でも、僕はいいぞ、いいぞと感じてしまうのだ。タックへの母への愛。父への愛。姉そして弟への愛、師匠への愛。友への愛、恋人への愛、働く仲間への愛・・・そしてパンへの愛。勿論、これらの愛は一方通行ではない。母からの愛、父からの愛、姉や弟からの愛、師匠からの愛、友からの愛、恋人からの愛、仲間からの愛もタックは一身に受けるのだ。そしてきっとパンからも愛されている・・・そう感じることで視聴者はもっと幸せな気持になるのだと思う。韓国ドラマはいい。実にいい。韓国の国策じゃあないかな・・・そう思ったりもするんだなあ。竹島ではイメージを悪くしている韓国だが、日本人の韓国に対するイメージはそれ程落ちてはいないと思うのである。そこが北朝鮮や中国とは違うところな訳で・・・キム・タックが韓国株をまた上げたのである。

9月議会
夏休みも終わり(自分の)9月議会が近づいてきた。一般質問の通告締め切りが迫ってきた。普段、市政に対して疑問に思っていることや、聞いてみたいことなどあったら、どんどんメールしてください。

教師を目指す人へのメッセージ34
若い先生達へもメッセージを書きました。年齢的に一番近いでしょうから、これも参考にしてください。
特に4月から先生になった若い先生にアドヴァイスです。大切なのは記録することです。子ども達が何を言ったのか、何をしたのか、どういう表情をしたのか・・・自分とどういう会話をしたのか・・・自分の授業も記録をしましょう。できることなら、それを学級通信に掲載すると面白いのですが・・・そういう余裕はないでしょうから、兎に角、記録を取ることを習慣にしてしまうのです。子どもは「誉めて育てよ」とよくいいますが、子どもの頑張りを見ないで誉めるのは、煽てであって、誉めではありません。よく見ていないと、子ども達の変化にはなかなか気づかないものです。たまには煽てるのはありですが、頑張った結果、できた時が誉め時・・・そこを逃してはいけません。だから記録です。記録をつけるには見ないと付けられませんから・・・。1年間はあっという間に過ぎてしまいます。そして、この1年間はあなたちにとって、最初で最後の「1年目」なのです。そう、子ども達の記録だけでなく、自分のやったことも、自分の気持も考えも記録しましょう。20年経って、新任の気もちが分からなくなった時に、自分のノートにそのヒントがあることに気づくでしょう。4月から記録をつけておけば、毎月子ども達も自分も変化していくのが分かるはずです。先輩や管理職から言われた言葉をメモしておけば、自分がその立場になった時に役立つでしょう。親からの電話の内容や、やりとりも記録しておくといいでしょうが・・・何と言っても、記録するのは子ども達のことが大優先です。あなたが担任しているクラスの子ども達は、世界中であなたが一番よく知っている。それくらいの気持で3月、クラスとさよならできるように・・・・ね。記録をとっても取らなくても、時間は過ぎていきます。同じように先生はやれるでしょう。でもどっちの先生が成長するか・・・こたえは簡単です。僕は学級通信を21年間書いてきました。後半の11年間は毎日書きました。学校には書くことが山ほどあるのです。それがやがて、僕と子ども達の財産になりました。その記録のお陰で僕は34年前に卒業させた生徒も含めて、全ての卒業生を覚えています。愛した女性を決して忘れることがないように、愛した子ども達は忘れられないのです。そのためにも、子ども達を名前で呼ぶことを勧めます。愛する人を苗字で呼ぶのは変ですからね・・・。苦しかったら、相談すること。誰もいなかったら、いつでも相談に乗りますよ。一人で悩むことだけはいけません。まだまだ半人前なのですから、何を聞いても恥ずかしいことはありません。体に気をつけて頑張ってくださいね。応援していますよ。たかやん
今日の写真1
秀ちゃんの家の庭に咲く黄色い花は「ハンゴンソウ」です。外来種のようですが、あの北の国からで有名になった花です。半魂草という字を書くようです。

今日の写真2
料理は僕が作りましたが、洗い物も男たちでやりました。時々助けてくれた女性もいましたが・・・基本は男が厨房で・・・一緒に行った男の子達も大きくなったら料理をする男になってくれたらいいなあと思います。

今日の写真3
楽しかった合宿が終わり、秀ちゃんに「ありがとう」と「さよなら」をする前の記念写真です。秀ちゃんのお父さんはあの「若い力」を作曲した高田信一。東京フィルハーモニー交響楽団の専任指揮者で東京音楽学校(現東京学芸大)卒の天才作曲家と呼ばれた人です。残念ながら高田家にはピアノはありませんでしたが(グランドピアノ2台はお母さんが亡くなった後、どなたかに譲ったそうです)、音楽がそこいら中に溢れてるような家でした。

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